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名古屋地方裁判所 昭和59年(ワ)3995号 判決

原告 内川逸己

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 加藤洪太郎

同 山本勉

被告 赤門合名会社

右代表者代表社員 内川正邦

右訴訟代理人弁護士 瀧澤孝行

同 坂本哲耶

主文

一  被告は、原告内川逸己に対し、金四、〇四三万一、七六五円及びこれに対する昭和六〇年一月一五日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告伊藤時丸に対し、金三、八〇五万三、四二六円及びこれに対する昭和六〇年一月一五日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告内川逸己(以下「原告内川」という。)に対し、四、六四四万二、一一五円及びこれに対する昭和五七年一〇月一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告伊藤時丸(以下「原告伊藤」という。)に対し、四、三七一万〇、二二六円及びこれに対する昭和五七年一〇月一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、左記社員が左記持分により構成していた合名会社である。

原告内川 出資持分二〇〇分の五一

原告伊藤 出資持分二〇〇分の四八

訴外内川正邦 出資持分二〇〇分の五〇

訴外内川和子 出資持分二〇〇分の五一

2  原告らは、昭和五七年三月二三日、被告代表者内川正邦に対し、同年九月三〇日をもって被告会社を退社する旨意思表示した。

3  昭和五七年九月三〇日現在の被告会社の財産は、次のとおりである。

(1) 積極財産

(ア) 別紙物件目録一記載の土地(以下「本件一の土地」という。) (時価 一億四、六六七万円)

訴外赤門薬品株式会社の有する借地権価格控除後の底地価格 七、三三三万五、〇〇〇円

(イ) 別紙物件目録二記載の土地(以下「本件二の土地」という。) 時価 一億〇、六四一万円

(ウ) 預貯金 三〇六万六、八九一円

(エ) 構築物 四〇万四、〇五四円

(2) 負債

(ア) 未払金 九万円

(イ) 預り保証金 一〇〇万円

(3) 差引正味資産 一億八、二一二万五、九四五円

よって、原告らは、被告に対し、退社員の持分払戻請求権に基づき、原告内川において右差引正味資産の二〇〇分の五一にあたる四、六四四万二、一一五円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和五七年一〇月一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を、原告伊藤において同差引正味資産の二〇〇分の四八にあたる四、三七一万〇、二二六円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和五七年一〇月一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を各求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3の事実中、昭和五七年九月三〇日当時、被告が本件一、二の各土地を所有していたこと、本件一の土地については訴外赤門薬品株式会社が借地権を有していたこと、被告の預貯金が三〇六万六、八九一円であったことは認め、その余の事実は否認する。合名会社の退社員の持分の払戻は、退社当時の会社財産の状況に従って為されるところ、右「退社当時の会社財産の状況」とは、会社の営業が同社員退社当時の状況により同人退社後も存続することを前提として計算された金額でなければならない。かかる見地に立てば、継続会社の価値は物権的な時価純資産価値とこれらの実質資本の機能の結果としての収益価値の両要因で評価しなければならず、しかも、本件の場合、前者の価値評価をするに当っても、本件一、二の各土地の売却評価額から、土地の含み益に対する清算所得に対応する金額に対する法人税等の課税相当額として五六パーセントを控除した額によるべきであって、そうすると、結局昭和五七年九月三〇日当時の被告会社全体の財産評価額は三、八六〇万円であるから、原告内川において持分払戻として認められるのは九八四万三、〇〇〇円、原告伊藤において持分払戻として認められるのは九二六万四、〇〇〇円である。「退社当時の会社財産の状況」を、会社の有する資産を売却価格で評価したものから会社の債務を控除した額であるとする原告らの見解は法律の誤解であり、仮に一般論としてこれが正しいとしても、会社が継続することが不可能な程度の多額の持分払戻請求債権を認定することは違法である。被告会社の場合、昭和五七年九月三〇日当時、本件一の土地を訴外赤門薬品株式会社に対し本社ビルの敷地として賃貸し、本件二の土地を駐車場として他に賃貸して、それぞれ賃料収入を得、被告会社の営業は右賃料収入のみに依存し、他に営業収益を上げるべき事業を有しておらず、かかる情況下で本件一の土地又は本件二の土地を譲渡することは営業継続に重大な支障を生ずるので、これらを売却しなければ応じることが不可能であるような額の持分払戻請求は認められるべきではない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1、2の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、同3の事実(昭和五七年九月三〇日当時の被告会社の財産)について検討する。

昭和五七年九月三〇日当時、被告会社が本件一、二の土地を所有し、本件一の土地については訴外赤門薬品株式会社が借地権を有していたこと、被告会社の預貯金が三〇六万六、八九一円であったことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、当時被告会社は負債として九万円の未払金債務、一〇〇万円の保証金返還債務を負っていたこと、四〇万四、〇五四円の評価ができる構築物を所有していたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、合名会社の退社員の持分の払戻は、商法六八条、民法六八一条の規定にしたがい、退社当時における会社財産の状況にしたがいなされるものであるが、右財産の評価方法としては、会社の損益計算の目的で作成されるいわゆる帳簿価額によるべきものではなく、真実の価額によるべきであると解せられるところ、右真実の価額とは、会社の営業を前提とした営業価格によるべきであって、会社の清算や商人の破産の場合の財産評価のように単純な売却価格(清算価格)によるべきではない。この点につき、被告会社は、被告会社の営業は本件一の土地を訴外赤円不動産株式会社に対して本社ビルの敷地として、本件二の土地を駐車場として他に、それぞれ賃貸して得る賃料収入にのみ依存し、他に営業収益をあげるべき事業を有しておらず、預貯金もわずか三〇六万六、八九一円というのであるから、被告会社としては原告らの持分払戻に応ずるためには資金調達のため本件一、二の各土地を売却処分する以外方法はなく、したがって、会社の営業の存続を前提とした営業価格としては、本件一、二の土地を売却した場合課税される法人税額等相当分を時価から控除した残額を時価純資産とし、これと、収益還元価値(会社の将来期待し得る年利益額を市場の一般利子率等で還元して算出された投資元本としての投資価値)の平均によるべきであると主張する。しかしながら、合名会社の社員が退社する際の持分払戻とは、無限責任社員のみからなる会社と社員との間のいわゆる財産関係の後始末であって、営業存続中の会社の無限責任社員の地位の経済的価値分を営業存続中の会社から金銭で分配するものであり、持分払戻に応ずるために会社の不動産を処分することが法律上要請されているわけではないから、たまたま当該会社特有の事情によってその必要が生じたとしても、売却処分したことにより課税される法人税等の一部を退社員において負担するいわれはなく、又、無限責任を負い、重要事項の決定には総社員の同意を要し、業務執行及び代表にも原則として全社員があたる合名会社の社員たる地位は、株式と称する細分化された割合的単位の形をとり、会社に対し各自の有する株式の引受価額を限度とする有限の出資義務を負うだけで会社債権者に対しては責任を負わず、企業の所有者として企業から生ずる利益の分配にあずかる他、企業の経営については、直接には株主総会を構成してその決議により会社の重大な事項を決定するほかは、違法又は不当な運営を監督是正するための若干の権利を有するにすぎず、業務執行は株主総会で取締役を選任してこれに一任し、又、監査役を選任して取締役の職務執行の監督にあたらせるだけの株式会社におけるそれと違って、その経済的価値評価をするに当って会社の収益力を考慮する必要は認められない。又、被告会社は、不動産を評価するに際しては、会社の営業継続が可能となるべき金額で評価すべきであって単純な売却価格によるべきではない旨主張する。しかしながら、合名会社の社員が退社する際の持分払戻は前記のとおり営業存続中の会社の無限責任社員の地位の経済的価値分を営業存続中の会社から分配するものであるから、これを時価以下に過少評価するいわれはなく、最高裁判所昭和四四年一二月一一日判決(民集二三巻一二号二四四頁)が中小企業等協同組合法に基づく協同組合の脱退組合員に対する持分計算の基礎となる組合財産の評価方法につき「協同組合の事業の継続を前提とし、なるべく有利にこれを一括譲渡する場合の価額を標準とすべきものと解するのが相当である。」としているのは、持分払戻の前記意義に照らし、通常の場合事業が継続されている状態で一括譲渡した場合の評価の方が単純な売却価格の合計より高いことから、右標準を掲げているにすぎないのであって、換言すれば、なるべく有利な価額によるべきであって少なくとも時価以下の過少評価がなされるべきではないことを示していると解するのが相当である。

そこで、具体的に本件一、二の土地の昭和五七年九月三〇日当時の時価を検討すると、《証拠省略》を総合すると、本件一の土地の昭和五七年九月三〇日当時の更地時価価格は一億三、〇四三万円であること、同土地には訴外赤門薬品株式会社の建物(鉄筋コンクリート造四階建事務所、床面積八五九・二八平方メートル)があり同訴外会社は同土地に賃借権を有していること、本件一の土地の時価を検討するに当っては右借地権の価格を更地価格の五〇パーセントとみるのが相当であり、したがって本件一の土地の時価は六、五二一万五、〇〇〇円であるとみるのが相当であること、本件二の土地の更地時価価格は九、〇九六万円であることが認められ(る。)《証拠判断省略》

したがって、右の結果を総合すると、昭和五七年九月三〇日当時の被告会社の財産は、一億五、八五五万五、九四五円(6,521万5,000円+9,096万円+306万6,891円+40万4,054円-9万円-100万円=1億5,855万5,945円)と認めるのが必要であると思料される。

三  持分払戻

そうすると、前記認定のとおり原告内川の被告会社の持分は二〇〇分の五一、同伊藤の被告会社の持分は二〇〇分の四八であるから、原告らは、被告に対し、退社員の持分払戻請求権に基づき、原告内川において四、〇四三万一、七六五円(1億5,855万5,945円×51/200、円未満切捨て)原告伊藤において三、八〇五万三、四二六円(1億5,855万5,945円×48/200、円未満切捨て)の支払を求めることができるというべきである。なお、会社がその退社員に対して持分を払戻すべき債務の履行期について商法は別に定めていないから、同債務は、民法四一二条三項に従い期限の定めのない債務として請求を受けたときから遅滞の責に任ずると解すべきであるところ、本件一件記録によっても本訴提起前に原告らから被告会社に持分払戻の請求が明確になされたとは認められないので、原告らの右払戻請求権に対する債務は本件訴状が送達された日の翌日である昭和六〇年一月一五日から遅滞の責を負うと解せられる。

四  結論

以上の次第であるから、本訴各請求は、原告内川において持分払戻金四、〇四三万一、七六五円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六〇年一月一五日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を、原告伊藤において持分払戻金三、八〇五万三、四二六円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六〇年一月一五日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においてそれぞれ理由があるからこれらを認容し、その余はいずれも失当であるからこれらを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川口代志子)

〈以下省略〉

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